第4回 吉田宜子(よしだ やすこ)さん


千葉市海まつり協議会(愛称:チーム海machi)には「かつて目の前に海があった=“海まち”文化を未来へ継承しようと、とってもステキな人たちが参加しています。「海machiのひとびと。」では毎回、メンバーに「スマホにあるお気に入り画像」「地域の好きなところ」をお伺いし、メンバーの熱い想いとみなさんへのメッセージをお伝えしていきます。第4回のインタビューは今年2月に新宿公園で綿の共同栽培をして地域とつながるアートプロジェクト「ゆうきのわたプロジェクト」を仲間と立ち上げた吉田宜子さんです。
生まれも育ちも東京です。千葉市には2009年から
吉田宜子(よしだ・やすこ)です。「やすこ」は、“よろしく”の「子」なんです、ってよく言ってます。生まれも育ちも東京で、一緒にゆうきのわたプロジェクトを立ち上げた大隈佳子さんと偶然にも同じ地域に住んでいたこともありました。
大学や大学院では哲学を専攻し、レヴィナスを研究しました。研究しながらも、「哲学って世の中でどんな意味があるんだろう?」みたいなことをずっと考えてた気がします。今の活動でも、結局「それって何のため?」「どういう意味がある?」って、“意味”を大事にしちゃうところにつながってるのかなと思ってます。
大学院修了後は大学の教務関係で7年働き、転職して病院で事務をしています。仕事の都合で2009年に千葉に越してきて、今は新宿2丁目で暮らしています。
PTA会長就任が地域とつながったきっかけ
私の中では大学院まで行かせてもらった分、社会に貢献しなければという気持ちがありました。かといってPTAに携わる前は、育児と仕事の往復で目一杯。地域に関心を持つ余力はありませんでした。自治会や子ども会の存在にも気づかず、入っていませんでした。
地域との関係性が一気に動いたのは、2023年度にPTA会長になったことがきっかけでした。「PTA会長って、昔から地元にいて、自治会とかで活躍してる人がやるもの」みたいなイメージがあったのですが、ちょうどPTAのあり方を大幅に見直した時期に巻き込まれ、流れ的に会長を引き受けてしまい、地域の場に放り出されて、焦りとアウェイ感と戸惑いの連続でした。

でも、会長になると不思議と話が入ってきたり、つながりができたりするんですよね。千葉市のまちづくり「みんなの広場ミッケ」とか「うらにわ部」とか。私、ビールが好きでw 地域のクラフトビールを盛り上げるイベントなどを手伝いながら友だちが増えていって、コロナあけも重なって、世界が一気に広がりました。
御浜下りは「知ってたけど、別世界」だった

2024年、千葉県立美術館「五十嵐靖晃 海風展」にボランティアとして参加したのが、深く知るきっかけとなりました。御浜下りのことは以前からチラシが配られてたので、名前というか、「神輿担いで海に入るんだ」っていうのは知ってたんです。でも、実際に見たことはなくて、正直、自分とは関係ない“別世界”のことだと思ってました。新宿一丁目・2丁目も寒川神社の氏子であるっていうのも、全然知らなかったです。
それが海風展をきっかけに見に行って。迫力がすごくて、港の景色の中に神輿が入っていく感じとか、古いものと新しいものが混ざって成立してる感じがとても印象に残りました。「これはアート?歴史?行事?」って、簡単に名前をつけられないところも含めて、面白いなって思いました。そして、そのもようを撮影して映画作品にしました。
実は私、映画監督なんです

もともと映画が大好きで、「観る」だけじゃなくて、自分で映像を製作していて。ドキュメンタリーを制作して芸術祭に参加したり、YouTubeで限定公開したりしている作品もあります。なんかいつも頭のどこかに「こう撮ったら伝わるかな」とか「こう編集したら面白いかな」みたいなのがある気がします。
お気に入りの場所は自分でつくりたい
「地域でお気に入りの場所ってどこですか?」って聞かれて、すっごい探したんです。「私、どこ好きかな?」「ここかな? どうだろ?」って。でも、結局、思いつかなかったんですよね。ただ、その時に「あ、私、見つけたいっていうより“作りたい”んだな」って気づきました。
みんなの場に乗っかるのが、子どもの頃からあんまり得意じゃなくて。誰かのイベントのお手伝いは楽しいんです。嫌じゃない。でも、やっぱりそれって“人の時間”でもあって、自分の時間を差し出してる感覚もある。だから関わるなら、ちゃんとその意味を知りたいし、理解したいし、納得したい。そうやって「自分の時間」にしたいんですよね。

海風展でガイドを担当したのも、まさにそれで。ガイドをやると、展示のひとつひとつの“意味”を深く理解できるし、勉強にもなるし。何も知らないまま「言われたことだけ」やるのだと、自分の中で納得できなくて、もったいないなって思っちゃうんです。
新宿公園で息子と作った雪だるま

最近のお気に入り画像は今年2月、新宿公園の近くで息子と一緒に作った雪だるまの写真です。雪って最近あんまり降らないし、積もらないじゃないですか。息子とも前々から「雪が降ったら、雪だるまを作ろう」と言ってて。だから、余計に嬉しくて。 息子と「雪だるま、つくろう~♬」と歌いながら、やっと作れたやつです。息子にとっても、自然と触れる、いい体験になったと思って選びました。
また、この日は五十嵐さんの「UMINOUE PROJECT」でミーティングをした日で、場所もその後、ゆうきのわたプロジェクトで綿を植えることになる公園だったので、なんか象徴的だなって。これも選んだ理由のひとつです。
ゆうきのわたプロジェクトのはじまり

「ゆうきのわたプロジェクト」は2026年2月に動き出しました。「UMINOUE PROJECT」のミーティングで、「これからどうする?」って、みんなちょっと途方に暮れてるように見えた時があって。そらあみもあるし、わたぶね様もあるし、子ども御浜下りもあるし、寒川の流れもある。大事なものがいっぱいあるから、簡単に決められないのもわかるんです。でも、このまま集まってても前に進まないかも、って思って。じゃあ私にできることって何だろうって考えた時に、新宿公園の花壇で「綿でも育ててみる?」ってなりました。
私、大きいイベントよりも、日常の積み重ねみたいな活動がやりたくて。ハードルが低くて、誰でもいつでも関われて、途中からでも入れる。まんべんなく、いつでも入っていける感じ。綿の共同栽培なら、それができるかもしれないって思ったんです。
あと、自然って「責めない」んですよね。水をやれなかったら枯れる。でも、「責められてる」わけじゃない。人と人だとどうしてもエゴが出たり、しんどくなったりする時があるけど、土とか雨とか…綿はただそこにある。この活動に関わるとき、綿を含む自然に対してフラットな人と人のつながりでありたい。
みなさんへのメッセージ “細く長く、そして記録も”
新宿公園の花壇が、私にとっての「お気に入りの場所」になればいいなって思ってます。でも、私だけじゃなくて、関わってくれるみんなにとっても「お気に入りの場所のひとつ」になったら、もっと嬉しいです。
2月から花壇の開墾が始まって、5月初旬には綿のタネや苗を植えます。もし興味のある方がいれば、声を掛けて下さい。
できたら、五十嵐さんが太宰府天満宮で取り組んでいるアートプロジェクト「くすかき」も目指しているように、100年後も続く活動にしたい。長い目で見たら、途中で休む年があっても、うまくいかない時があっても、それって“ほんの一部”だと思うんです。だから、細く長く続けたいです。今ちょうど、千葉開府900年じゃないですか。次の100年、千葉開府1000年に何かしら残れば…と考えています。

そして、「ゆうきのわたプロジェクト」も映画にしたいって思ってます。最初から写真を残してるし、動画もちょいちょい撮っていて、いつかちゃんとつなげて、記録として残せたらいいなって…。
最後に、私が気に入っている言葉です。
「ヒマのない人生は退屈だし、ムダなものがない生活は窮屈」
吉田宜子監督の映画作品
2024ohamaori
2021年千の葉芸術祭参加作品「omoide ver 4」
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